1. ホーム>
  2. 教育・文化・スポーツ>
  3. 常陸太田市教育委員会>
  4. 文化・芸術>
  5. 常陸太田市郷土資料館>
  6. 周辺ガイド
LINEで送る

教育・文化・スポーツ

周辺ガイド

●鯨ヶ丘
    郷土資料館がある丘は,通称「鯨ヶ丘」と呼ばれています。平安時代の後期に城が築かれ,戦国大名佐竹氏の本拠として城下町となりました。
    江戸時代になって佐竹氏が秋田へ国替えになると城は廃城となり,鯨ヶ丘は周辺の物資が集まり,そして水戸や那珂湊へ送る物資の集散地として,問屋を中心に発展していきました。
  昭和50年代までは大型の商店や市役所もあり賑わいを見せていましたが,車社会への変化に伴い,商店は丘の下へと移っていきました。
  現在も,往時の土蔵や町屋の建物が残されています。また,台地の周辺にある坂も鯨ヶ丘の見どころにもなっています。

 

 『鯨ヶ丘』の画像   『板谷坂』の画像   『十王坂』の画像

 鯨ヶ丘の街並み                                             板谷坂                                   十王坂

●周辺の文化財
○若宮八幡宮
  佐竹家13代義仁が,応永年間に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して,太田城中に祀ったことに始まります。義仁は関東管領の上杉家から八歳で佐竹家に養子に入り,そのことが一族の山入氏と約百年に渡る抗争の発端となりました。佐竹氏の国替え後の宝永五年(1708),水戸藩の家老中山備前守によって現在地に移され,社殿が造営されました。
  境内には市の木にもなっている推定樹齢600年を超えるケヤキの巨木が立ち並んでいます。

『若宮八幡宮』の画像


○太田城跡
 太田城は,太田太夫と称した藤原通延が,天仁二年(1109)に築いたとされています。別名舞鶴城とも呼ばれ,佐竹家3代隆義が馬坂城から移って以来,20代義宣が天正19年(1591)に水戸城に移るまで,佐竹氏が居城としていました。現在の太田小学校付近に本郭があり,馬の背状の台地を空堀で分断して,二郭,三郭,北郭が設けられていました。現在,掘は埋め立てられて道路となってしまいましたが,一部に土塁の痕跡を見ることができます。

『太田城跡』の画像


○駿河屋宮田書店
 宮田家は,内堀町で旧街道に東面して屋敷を構える商家であり,駿河屋という屋号があり,現在は書店を営んでいます。
  建物は文化7年(1810) に建てられた土蔵造り2 階建てで,2階の格子窓が歴史の古さを感じさせています。

『宮田書店』の画像

 

○旧稲田家住宅赤煉瓦蔵
  東一町の通りの東側,塙坂との交差点近くに,通りに面して建っています。
 赤煉瓦蔵は,梁間2間・桁行3間で三階建て,通り側に妻側を向ける袖蔵で,平側に入口を持つ,瓦葺き(現在はガルバリウム鋼板葺)の煉瓦造の蔵であり,明治43年(1910)に建てられました。平成26年に国登録有形文化財になり,現在はギャラリーとして活用されています。

 『旧稲田家住宅』の画像

 

●周辺の催し

3月1日(火)から31日(木)まで,「スロータウン 鯨ヶ丘のひなまつり」を開催いたします。

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは文化課 文化振興係です。

〒313-0055 常陸太田市西二町2200(旧法務局)

電話番号:0294-72-3201 ファックス番号:0294-72-3310

メールでのお問い合わせはこちら

アンケート

常陸太田市ホームページをより良いサイトにするために、皆さまのご意見・ご感想をお聞かせください。
なお、この欄からのご意見・ご感想には返信できませんのでご了承ください。

Q.このページはお役に立ちましたか?
最終更新日最終更新日 2016年5月25日 ページの先頭に戻るページの先頭に戻る
常陸太田市役所 〒313-8611 茨城県常陸太田市金井町3690 TEL 0294-72-3111(代表)
スマートフォン用ページで見る