梅津会館は,南東の角に塔屋が付いた2階建てタイル張りの鉄筋コンクリート造です。大正12年(1923)に発生した関東大震災によりレンガ造の建物が甚大な被害を受けたことを受けて,耐震性の高い構造の研究が盛んに行われました。ちょうどこの時期にあたる昭和11年(1936)に竣工した太田町役場には,当時の最先端の建築工法とデザインの流行が取り入れられています。技術的にも芸術的にもまさに昭和初期を象徴する建物といえます。
一見地味で質実剛健な庁舎ですが,注意深く観察すると凝った細部が要所に施されています。真弓山で産出される寒水石(大理石)が両階段室,玄関室内腰廻り及びカウンターにふんだんに使用され,太田らしい建物として完成されています。
外壁に張られたタイルや車寄せのアーチを縁どる大振りの陶製部材のテラコッタも当時人気の高かった建築材料で,この時代の建物に広く見られます。塔屋3階の逆円錐型窓台に見るスパニッシュ様式の影響や,4階窓廻りの垂直性を強調する意匠にも時代がうかがえる折衷様式です。あたかも日本の近代洋風建築の歴史を凝縮したかのような,密度の高い建物が鯨ヶ丘の当時の金融街中心地に現れたのでした。
名 称 梅津会館(旧太田町役場)
文化財種別 国登録有形文化財
所在地 茨城県常陸太田市西二町2186 番地
所有者 常陸太田市
規 模 桁行方向 18.180メートル(60尺)
梁間方向 12.726 メートル(42尺)
面 積 1 階 255.4平方メートル(車寄せ19.3平方メートル含む)
2 階 236.1平方メートル
3 階 18.0平方メートル
4 階 11.1平方メートル 合計 520.6平方メートル
高 さ GLから屋上パラペット天端まで 10.2メートル (33.5尺)
GLから塔屋上端まで 15.1メートル(50尺)
正面を東に向けて建てられた庁舎は,尺寸を単位として設計されています。南北方向の幅60尺×東西方向の奥行42尺の長方形平面からなり,14尺四方の塔屋を南東隅に配置しています。頑丈に造られた壁の厚さは,外壁タイル張りと室内の仕上げを含めて30センチメートルを越えています。
正面玄関を入ると1階は事務室になります。南側(向かって左手)に町長室と収入役室,事務室奥には応接室が設けられていました。2階の会議室は,町会の議場としてのみならず,町民たちが広く利用できるようになっていました。
玄関は庁舎正面以外の両側面にもあります。南玄関は,役場職員の通用口であった控えめな北玄関と比べると扉の幅も広く,堂々とした造りです。ここからは,南階段室を経て2階の大会議室に直接至ります。庁舎奥の両隅に階段室を設けることで,事務室を通らずに2階に上がることができ,昼夜問わずの利用にも対応できました。特に,北階段室の大理石製親柱は建物の見せ場のひとつとなっています。
タイル
腰より高い位置に張られた外壁タイルは,暗色の細かい粒が混ざるベージュ色の釉薬のかかったスクラッチタイルの一種の「筋面タイル」です。タイル1枚の寸法は,高さ2.0寸(61ミリメートル),幅7.5寸(227ミリメートル)。垂直方向の割り付けは,タイル10枚当たり目地を含めて2.25尺(682ミリメートル)とされ,窓や扉の高さはタイル張りと揃うように計画されています。タイル張り上下の水平方向の目地は,とても丁寧な蒲鉾型の覆輪目地に仕上げられています。このような手間のかかる仕上げにすることは,そのものの見た目の美しさだけでなく,直射日光が当たった時に目地に強い影が生じ,建物の外観を引き締める効果があります。
石
外壁腰廻りには石積みを模した花崗岩が張られ,石材間の目地にはタイル張りと同じ覆輪目地が施されています。石材は,茨城産の稲田石と見られる。最下段の積み石の一部にある床下換気孔には,当初からの鋳鉄製の格子が嵌め込まれています。
1階北面外壁の窓台の位置から小さな台が突出し,足元に踏み石が置かれているところは,かつて配給等の窓口であった名残です。
テラコッタ
車寄せのアーチ部には,緩やかな曲面を描くテラコッタ(大型の釉薬のかかった陶製建築装飾部材)が用いられています。各面ともアーチ頂点の要石(キーストーン)は唐草模様の施された大型の部材からなり,正面のみ金属製の町章が入れられていました。(この町章は今日の市章と同じ意匠で,現物は昭和44年(1969)に盗難に遭い,木製の市章に置き替わっていたが,今回の工事で復原しました。)テラコッタは,関東大震災後に発達した鉄筋コンクリート造の装飾材として爆発的に広まりながら,戦後にはほとんど作られなくなりました。
蛇腹(コーニス)
車寄せ頂上や屋上周囲,塔屋窓廻りバットレス,南北各玄関庇は桃色がかった石目調の吹き付け仕上げとなっています。当初は「リシン仕上げ」であったことが設計書から分かっています。
大理石カウンター
来庁者は,正面玄関から客溜に入り,カウンター越しに各部署の窓口担当者と向かい合いました。衝立のないオープンカウンター式の窓口は,当時の役所や銀行では最新の形式でした。太田町役場では,会計窓口のある収入役室前だけに防犯用金属製グリルがカウンター上に設けられていました。
郷土資料館としての活用に伴う昭和50年代の改装時に,役場の大理石カウンターはすべて撤去されたと考えられていました。今日見る玄関前の白いカウンターは,覆い隠されていた天板の残部が,今回の修復時に発見されたものです。建築材料となる真弓山の大理石はもはや採掘されていないので,木製でカウンターを延長しました。
階段室
階段室は,建物の規模相応の大きさですが,石材の産地ならではの贅沢な仕上げが施されています。大理石からなる巨大な白亜の親柱で驚かせるだけでなく,中央の手摺りや灰色の幅木も石材からなります。階段は,施工に手間のかかる人造石研ぎ出しで造られています。
床
2階の床には,床板を受ける根太を並べた間におが屑が防音材として使用していました。この手法について設計図には「防音床」と記されています。
壁の櫛引き仕上げ
庁舎の中でも特別な部屋であった町長室・応接室・大会議室・委員会室には,壁表面に表情をもたらす仕上げが施されました。仕上げの漆喰塗の表面を櫛のようなもので掻いて凹凸を付け,網代状の模様に仕上げられています。2通りある模様の中でも,職人の手によって味わいが異なります。
壁紙
2階会議室北壁議壇上の扉内は,御真影を安置する奉安所であったと思われます。資料館時代は収蔵庫として内部に棚を設けて使用していましたが,修復時に後設物を撤去したところ,当初の壁紙張りが発見されました。壁の左官仕上げに似た,交差する斜線模様が印刷されています。和紙の反故紙を用い,丁寧に袋張りされています。古写真には同じ図柄の壁紙が見られ,建築当初の壁仕上げであることがわかりました。
扉と窓額縁
現在の窓は,昭和50年代に更新されたものです。古写真にも見られる当初の鉄製サッシは,上方に欄間のある観音開きの形式でした。
室内の木製扉及び窓額縁には2種類あり,部屋によって使い分けられています。断面に繰り型(曲面からなる彫り)のある凝った造作がラワン無節材からなり,比較的簡素な造作は杉小節材からなっています。前者の額縁は,格の高い部屋に用いられており,木材の等級も使い分け,ラワン材の方が上等品として扱われていました。
室内部屋境の建具には,当時高級品であった「突板合板」を鏡板(扉中央の平らな板)に使用しています。
木部の仕上げ
現在扉及び窓額縁・幅木等の木部造作は2階の一部の扉を除いて全面的にペンキ塗されていますが,当初はワニス塗とペンキ塗が空間によって使い分けられていました。ペンキ塗された部材は杉小節材であるのに対し,木地の透ける色付けラック摺上げ仕上げされた部材には,木目の映えるラワン無節材が使われています。
照明器具
2階会議室のシャンデリア及び壁のブラケット器具は,資料館時代に設置されたものです。竣工当初の絵葉書より1階事務室と2階会議室の照明器具の姿は判明していますが,今後の建物活用に当たっては照度が不足するため,既存器具を再利用しています。
ロールカーテン
当初窓には両脇に引き分けるカーテンではなく,ロールカーテンが使用されていたことが,古写真や建築資料からわかりました。室内窓額縁の上方には,ロールカーテンの軸受け金物が残っています。
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