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【R8集中曝涼】佐竹寺(新規)

佐竹寺 さたけじ

目次

基本データ

来歴

公開する文化財

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基本データ

佐竹寺の来歴

 佐竹寺は妙福山明音院と号する真言宗豊山派の寺院で、かつてこの地を領した常陸佐竹氏の祈願所です。正保4年(1647)に記された『常州久慈郡天神林邑妙福山明音院佐竹寺観音縁起』によれば寛和元年(985)、花山院の命により徳一大師が建立したと伝えられていますが、『坂東霊場記』の記述によれば、元密上人が建立したとも伝えられています。

 本尊は十一面観音菩薩、脇侍は不動明王と毘沙門天です。創建当時は現在の場所の北方、鶴ヶ池を挟んで稲村神社の対岸となる「洞崎の峰」に堂塔伽藍が建立され「観音寺」と称したと伝わり、鎌倉時代には、「坂東三十三観音霊場」の22番目の礼所となりました。

 馬坂城(現・天神林町)を本拠とした佐竹氏初代・昌義は寺領300貫文を寄進しています。寺勢が衰退していた文永6年(1269)には佐竹氏6代・長義によって伽藍が再興され寺号を佐竹寺に改めましたが、天文12年(1543)、兵火により本尊を残してすべて焼失してしまいました。その後、佐竹氏18代・義昭によって天文年間中(1546-1553頃)に現在の地へ移転する形で再建されたと伝えられています。

公開する文化財

佐竹寺本堂 さたけじ ほんどう

【重文】佐竹寺本堂_圧縮

国指定重要文化財(明治39年4月14日指定)

 本堂は桁行五間、梁間五間の寄棟造りで、もとは観音堂と呼ばれていました。本堂正面の花頭窓や柱、外陣の繋ぎ梁の海老虹梁、獏木鼻組物などに桃山建築の特徴が見られますが、徳川光圀の時代に堂内に大きな梁を入れて柱を抜き、床を取り去り、格天井を設けて裳階を付けるという大改造が行われたとも伝わっています。

 令和6・7年度には屋根葺替えなどの本堂の保存修理工事が行われ、須弥壇の解体中に高欄の来迎柱に取付く親柱から、享保14年(1729)の墨書が発見されています。

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〒313-0055 常陸太田市西二町2200

電話番号:0294-72-3201

ファクス番号:0294-72-3310

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  • 【更新日】2026年8月5日
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