姉妹都市・友好都市
姉妹都市
秋田市
慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦が終わりを告げ,徳川の世になって,慶長7年(1602年)佐竹義宣は出羽への国替えにより,家臣など多数ひきつれて秋田に入りました。以来,秋田市と常陸太田市の親族たちは機会あるごとにお互いに往復し,肉親同士のつながりを深めてきました。
その中には,現在でも子孫たちが交友を持ち続けている家族もあります。このような歴史的つながりを縁として,郷土芸能の交流や,市民間交流などが深まり,昭和52年7月12日に姉妹都市の提携を結びました。
牛久市
自然豊かな中山間地域と急激に都市化が進んだ首都圏地域という,それぞれの地域の特性を活かしながら,様々な分野で交流を図り,両市の健全な発展を目指すため,昭和61年に姉妹都市となりました。
臼杵市
文化8年(1811年)に豊後国臼杵(現大分県臼杵市)の姉妹「つゆ」と「とき」が,親鸞聖人の遺跡巡拝の旅の途中に病気になり青蓮寺(現常陸太田市東蓮地町)で世話になっていた父初衛門を迎えるために,約300里(約1200キロメートル)離れた青蓮寺へと向かいました。道中様々な苦難を乗り越えたうえで父と再会をすることができ,孝行に心を打たれた地元住民や水戸・臼杵両藩の人々から様々な支援を受け,翌春無事に親子3人で帰郷を果たす話が「二孝女物語」です。
この「二孝女物語」が取り持つ縁を背景に積み重ねてきた交流関係を基礎として,平成27年10月10日に姉妹都市の提携を結びました。
有縁友好交流都市
仙北市
久米城を設立した佐竹北家は,佐竹氏の国替え以後,芦名氏の後を継いで角館に移りました。この歴史的つながりから平成10年に有縁友好交流が始まりました。
※角館町は,平成17年9月20日に田沢湖町,西木村と合併し,「仙北市」になりました。
友好都市
中国浙江省余姚市(よようし)
水戸藩2代藩主・徳川光圀が学問の師として仰いだ中国 明代末期の儒学者・朱舜水は余姚市の生まれで,本市の瑞龍山(水戸徳川家墓所)にそのお墓があることが縁となり交流が始まりました。
平成7年5月25日,友好交流の提携を結び,以来,着実に市民間の交流を深め,平成11年11月17日,友好都市関係となりました。
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- 2021年6月22日
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